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2007年12月31日 (月)

12月31日 感謝図

Dscn1873 とうとう、このブログも最終回となりました。毎日一枚の般若心経と短い文章を書き、このような形で一年間公開させていただきました。お付き合いしていただいた多くの皆様に、心から感謝いたします。

この絵入り般若心経を書き始めて二年半になりますが、これは私の「祈り」であり、「安らぎ」ですので、これからもずっと描き続けていくつもりです。またいつの日か、皆さんに見ていただける機会があるやも知れません。短い間でしたが、このブログを通して、皆さんから喜びや勇気をいただきました。そして、なにより成長させていただきました。本当に、本当にありがとうございました。

釈尊は弟子に、こう言われています。

「愚人で自ら愚と思う人は智者である。愚人で自ら智者と思う人こそ愚者である。多くのことを知ろうと思わず、ただ一つのみ学びなさい。」

私も釈尊の教えに従い、ただ一つ・・・良い絵が描けることのみを一心に念じながら、精進していきたいと思っています。ありがとうございました。・・・合掌・・・

12月30日 円相図

Dscn1871 空一円相図は、「十牛図」の第八章人牛倶忘(にんぎゅうくぼう)の図です。仏教では「空」は究極の真理とされていますが、「十牛図」では、まだ8番目なのです。

実は第七図忘牛存人で、最高のやすらぎ(悟り)に到達し完結するのですが、「自分は悟った」「自分はすばらしい」と意識したとたんに、今までの全てを失ってしまうというのです。“我執”というのは、それほど恐ろしいものだという教えなのです。最後まで残った自我意識のカスをぬぐい去って、この空一円相に飛び込んでいかなければならないのです。

人は、この世に生まれ歩んでいく過程で、様々な難問が降りかかり、修行させられるのでしょうが、いつになればこのような境地になれるのでしょう・・・まだまだ遠い距離を感じます。ただ、この般若心経を始めて、修行の喜びだけは感じられるようになりましたので、恥ずかしさもなく言えば、これからどんな自分に成長していくのかが楽しみなのです。人生は喜びばかりではありませんから、これからも悲しいこと辛いことが押し寄せてくるでしょう。そんな時、この“円相”のように、真っ白で美しい心を持って進んでいけたら、どんなことも乗り越えられる・・・そんな気がしています。

横山紘一氏は、次のように言っています。

『あの「人牛倶忘」すなわち「空一円相」に思いをこらしてみましょう。何一つない純白な白い円、これはいったい何なのでしょうか。そうです、これこそ一人一人の心の中にある「美しい心」です。美しい雪景色を見て私たちは美しいと感じる。それは、私たちの心に美しいと感じうる美しい心があるからです。それを自性清浄心と呼ぶことができるでしょう。あるいは、仏、真如ともさらには空ともいえるでしょう。「空」、これが一番ぴったりした表現かもしれません。自己の心を空ずれば、そこに執われない心が現成します。』

2007年12月30日 (日)

12月29日 大そうじ図

Dscn1870 今年は八月の暑い最中、2週間ほどかけて家中をきれいにしたおかげで、暮れの大掃除は、お決まりの場所だけ夫と分担しながら、半日で終えることができました。

時間もできたので、近場の温泉に行き、温かいお湯にゆっくりと浸かりながら、「あらゆるものは、過ぎ去ればみんな美しい!」・・・誰の言葉だったかな?・・・そんなことを考え、この一年を思い起こしました。心身ともにリフレッシュできたひと時でした。

2007年12月29日 (土)

12月28日 カーネーション図

Dscn1869 一昨日買って帰った20本のカーネーションを壷に活け、その前に父母の写真を飾りました。今年の5月に亡くなった母は、私の長男を最後まで気遣ってくれていたので、昨日産まれた曾孫を本当に見たかったでしょう。

しかし、今年ほど命のつながりを実感した年はありません。延々とご先祖様を遡っていくと、気が遠くなるほどの命のリレーがあり、私がここに存在していること自体が奇跡なのでしょうね。ですから、父と母が一緒になってくれたことに感謝しながら、少しだけ父母のことを書きます。

若かりし頃、興津清見寺の蜜柑農家の娘であった母が、籠を背負って山から下りてくるところを、父が見初めたそうです。結婚後は二人で鉄工所を営み、戦時中は父が外地に行っている間、母は幼い姉をおんぶして一人で切り盛りし、父が戦地から帰ってくるまで工場を守り続けました。真面目で、働き者で、正直者で、そして明るい人でした。四人の子を育て、豊かになった後も、贅沢はせず慎ましく暮らしていましたが、生きたお金は大胆に使うような胆の据わった一面もありました。そんな母の精神が、確かに私の中に生きていると実感しますし、それを子供や孫へ伝えていきたいと思っています。・・・「無償の愛」の尊さを想う一年でした・・・

2007年12月28日 (金)

12月27日 天使が舞い降りた図

Dscn1868 今日の15時47分、長男夫婦に赤ちゃんが産まれました。3188gの元気な元気な男の子です。すぐに夫と病院へかけつけ、赤ちゃんと対面しました。初孫です!♪あなたに会えて 本当によかった 嬉しくて嬉しくて言葉にできない・・・♪まさに、言葉にできないほどの感激で胸が詰まりました。母子共に健康で、こんなに有難いことはありません。若い夫婦の誇らしげな表情が印象的でした。

今年は本当に様々な事がありましたが、一年をこんなステキなできごとで締めくくれることを神様に感謝します。

私も、結婚をして三人の子を育てながら絵を描き、ここまで無我夢中で過ごしてきましたが、その数十年が一期の夢のようです。新しい命の誕生で血を繋ぐことが叶い、夫も満足の様子でした。健やかに、素直に明るく育ってくれることを祈ります。(このブログの絵は、私が二十歳の頃、始めて描いたものを写しました。)

2007年12月27日 (木)

12月26日 菊と手毬図

Dscn1867 「Ombak」でカーネーションを買って帰ろうと思い、お店に寄ると、手毬のような丸い菊が目に入りました。家にある古い手毬と一緒に描こうと思いついて、一本だけ買いました。お店はお正月のお飾り作りで忙しそうでした。隣の「魚とし」も、お節料理の準備で忙しそう・・・奥の方では、和美さんがハチマキをして錦玉子をせっせと作っていました。(これは大評判の美味しさですから、皆さん一度食べてみましょう!)暮れも押しつまり、町の空気もあわただしく、みんなみんな忙しそうです。私はと言えば、今年は喪中のため、お飾りもお節の準備もありません。ちょっと淋しい気もします。

今日は手毬を描きましたが、描いているうちに良寛さまの和歌を思い出しました。

「手まり唄 ひふみよいむなここのとを とをと納めてまた始まるを」

母も私が子供の頃、これとよく似た数え歌を口ずさんでいたような・・・遠い記憶です。

2007年12月26日 (水)

12月25日 椿図

Dscn1859 数年前、ある本屋さんで・・・横山紘一著『十牛図・自己発見への旅』という本を何気なく手にとりました。読み進んでいるとやめられなくなり、とうとう買って帰り、その日は一日読み耽ってしまいました。

私自身、十牛図には以前から興味があったので、この本の内容にはいたく感動しました。読了後、触発されて私なりの「十牛図」を描いたりしましたので、大変影響を受けた本であり、今も時々手にとっています。(実は、このブログにも10日間をかけて描こうと計画していたのですが、残念ながら叶いませんでした。)

さて、「十牛図」とは、言わずと知れた禅修業のための手引書です。簡単にいうと、真の自己を追い求める禅者の心境の向上過程を、十の絵図によって象徴的に描いたものです。これはあまりにもテーマが大きすぎて、ここでは紹介し切れませんので、興味を覚えた方はぜひ調べてみてください。

禅の修業などとてもできないと思っていた私ですが、この著者は「自己とは何か、真理とは、人生とは何かと工夫しながら、米を洗ぎ、床を磨き、庭を掃く。この工夫三昧の日常生活を一年、二年と行じてゆきながら、“うん、これでいいのだ”という確信を自分のなかにますます強く育ててゆく。それが禅宗の修行です。」と、書いています。すなわち、修行といっても何か特異なことをするのではなく、日常の中に修行の場はあるのだと言っているのです。「そうか!日常生活の中でも修行ができるのか!」と励まされますが・・・その日常とは、“工夫のなかに行住坐臥し、工夫の中に喜怒哀楽す”でなければならないとも言っているのですね。この工夫が・・・中々難しいのです(笑)。

2007年12月25日 (火)

12月24日 クリスマスイヴの夕月図

Dscn1858 花ちゃんが自慢する西浦からの富士を見たくて、今日は思い立って行ってきました。花ちゃんのお宅は蜜柑農家なので、今が一番忙しい時期です。久しぶりに会いたい気持ちもありましたが、お仕事の邪魔をしては申し訳ないので、連絡をせず富士を眺めてきました。(花ちゃんごめんなさい!)

駿河湾を隔てて聳えるその姿は、それはそれは絶景で、空の青さ、海の青さ、その向こうに裾を広げた雪化粧の富士・・・まさに、“絵にもかけない美しさ”です。花ちゃんが自慢するはずです。こんな勇壮な富士を、朝な夕なに眺めて暮らしている花ちゃんは幸せですね。少しだけスケッチをさせてもらいました。

帰路、沼津の旧御用邸に立ち寄り、西付属邸を始めて見学しました。「なんと簡素な作りであろうか!」というのが、私の率直な感想であり、感動でもありました。表面が凸凹した手作りガラスの向こうには、昔に戻ったような不思議な風景がありました。

しばらく車を走らせて興津にさしかかった時、美しい月が伊豆半島の上に懸かっていました。急いで写生帳を取り出し、走る景色の中で描いたのが今日の心経の絵です。オレンジ色のまんまるい大きなお月様でした。

2007年12月24日 (月)

12月23日 鯉文鉢図

Dscn1852 今年も、余すところ残り1週間となりました。この一年を振り返ると、公私両面であまりにも様々な出来事があり、今までにない濃密な内容の一年であったように思います。それら一つ一つの出来事に対し、真正面から対峙し解決できたことに、今は充実感さえ覚えています。

考えてみますと、こうして心を失うことなくやってこられたのは、周りの人たちの支えのお陰で、今年ほど人の心の温かさを感じた年はありませんでした。夫や息子たち、友人・知人、そして私の絵のために動いてくださっている多くの方々、本当に有難うございました。来年も、この鉢の鯉のように、しっかりと目を見開き、元気に泳ぎ回りたいと思っています。

2007年12月23日 (日)

12月22日 アネモネ図

Dscn1849 「横山大観」という名はあまりにも有名で、日本の絵かきの代表的存在として子供の頃から知っていました。今でも、富士に朝日が描かれた暦が、家の壁に掛かっていた事など思い出します。絵かきを志してからもしばらくの間は、大観の絵にほとんど興味が湧かず、距離を感じていました。しかし、40代にさしかかった頃から、次第に大観の絵の凄さに魅かれるようになり、度々展覧会にも足を運ぶようになりました。そして今は・・・“大観の富士”は気品に溢れ超一流であると、至極当たり前のように思っているわけです。

昔、古本屋で見つけた『大観画談』を読み、宵越しのお金は持たない豪快な人柄であったことなど、その人物像に触れて、益々魅力を感じるようになりました。この本の中で、私が共感し感動した大観の言葉の一部を紹介します。

「筆を持って絵を習うことは、そう大騒ぎしなくてもよい。それよりも人物を作ることが大事で、それを土台にしないことには、いくらやっても駄目なこと。人間ができて、初めて絵ができる。」

「近頃は皆、本は読まないし、勉強もろくろくせず、みな写生ばかりして形を追い、自分で自分のものを創るという人は稀です。」

「自分の今日の作品と、明日のそれとは変わっていてよいのです。またその変化のない人は駄目です。ただ一つ、我は日本人であるという誇りを、どこまでも堅持してもらいたい。」

・・・と言うふうに、ここに書き上げていけばキリがありません。作品からはオーラが漂う、数少ない魂の芸術家です。

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