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2007年12月22日 (土)

12月21日 覚え書き帳図

Dscn1846 アトリエの本棚の中から、何気なく一冊のノートを引き出しました。それは、表紙に「覚え書き」と書かれてある10年前の日記帳でした。しばらくの間読み耽っていましたら、12月5日の記述に目が留まり驚きました。なぜなら、今、現在の思いは10年前から全く変わりなく続いていたからです。

「このごろつくづく思うことだが、やっぱり最後はその人の人間性だと思う。極端な言い方をすれば、丸いレモンを四角く描いたとしても、“その人が描いたのだからとても良い”ということになるのではないか。構図にしても、墨色にしても、線にしても、色合いにしても、すべて、その人となりが表れる。どのような考えを持って生きているのか、どんな修行をしてきたのか、何に感動しているのか、それらがみんな作品に反映されてくる。だから、ごまかしは出来ないし恐ろしいのである。

仮に・・・作品も手を抜かずコツコツ仕上げ、器用で努力家で、よく勉強もしている一人の作家が居るとしよう。では、その作家に人に感動を与えられる作品が描けるかといえば、私は決してそうは思わない。ここが一番肝心なところだが、その作家が“真理に向かっているかどうか”が重要で、それによって本物かどうか、一流か二流かが決まるのではないかと思う。

では、いったい『真理』とは何か。多くの先哲がこの難問に取り組み、それぞれの考えを述べているが、万人が納得する確かな答えは無い。例えば絵描きにしても、皆がみな、自分なりの信ずるところに向かって制作しているのであるから・・・。私はと言えば、多分に抽象的ではあるが、人に問われれば、それを『光』だと表現する。物でも人間でも本物は必ず光りを放つからである。そして、自ら光ろうと思ってもそれは簡単なものではなく、「光りたい!光りたい!」と何万回唱えても、不可能なことでもある。では、どうすれば光るのか・・・それは“神のみぞ知る”という身もふたも無い答えになってしまうのである・・・。結局、信ずる道に向かって精進するしかないのである。・・・(後略)・・・」

制作していて、思ったことを走り書きしていた一生懸命の時代の、とりとめのない呟きです。ただこの10年の間に、一つだけ『真理』の切れ端を見つけました。それは『無欲』になるということです。

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