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2007年12月31日 (月)

12月31日 感謝図

Dscn1873 とうとう、このブログも最終回となりました。毎日一枚の般若心経と短い文章を書き、このような形で一年間公開させていただきました。お付き合いしていただいた多くの皆様に、心から感謝いたします。

この絵入り般若心経を書き始めて二年半になりますが、これは私の「祈り」であり、「安らぎ」ですので、これからもずっと描き続けていくつもりです。またいつの日か、皆さんに見ていただける機会があるやも知れません。短い間でしたが、このブログを通して、皆さんから喜びや勇気をいただきました。そして、なにより成長させていただきました。本当に、本当にありがとうございました。

釈尊は弟子に、こう言われています。

「愚人で自ら愚と思う人は智者である。愚人で自ら智者と思う人こそ愚者である。多くのことを知ろうと思わず、ただ一つのみ学びなさい。」

私も釈尊の教えに従い、ただ一つ・・・良い絵が描けることのみを一心に念じながら、精進していきたいと思っています。ありがとうございました。・・・合掌・・・

12月30日 円相図

Dscn1871 空一円相図は、「十牛図」の第八章人牛倶忘(にんぎゅうくぼう)の図です。仏教では「空」は究極の真理とされていますが、「十牛図」では、まだ8番目なのです。

実は第七図忘牛存人で、最高のやすらぎ(悟り)に到達し完結するのですが、「自分は悟った」「自分はすばらしい」と意識したとたんに、今までの全てを失ってしまうというのです。“我執”というのは、それほど恐ろしいものだという教えなのです。最後まで残った自我意識のカスをぬぐい去って、この空一円相に飛び込んでいかなければならないのです。

人は、この世に生まれ歩んでいく過程で、様々な難問が降りかかり、修行させられるのでしょうが、いつになればこのような境地になれるのでしょう・・・まだまだ遠い距離を感じます。ただ、この般若心経を始めて、修行の喜びだけは感じられるようになりましたので、恥ずかしさもなく言えば、これからどんな自分に成長していくのかが楽しみなのです。人生は喜びばかりではありませんから、これからも悲しいこと辛いことが押し寄せてくるでしょう。そんな時、この“円相”のように、真っ白で美しい心を持って進んでいけたら、どんなことも乗り越えられる・・・そんな気がしています。

横山紘一氏は、次のように言っています。

『あの「人牛倶忘」すなわち「空一円相」に思いをこらしてみましょう。何一つない純白な白い円、これはいったい何なのでしょうか。そうです、これこそ一人一人の心の中にある「美しい心」です。美しい雪景色を見て私たちは美しいと感じる。それは、私たちの心に美しいと感じうる美しい心があるからです。それを自性清浄心と呼ぶことができるでしょう。あるいは、仏、真如ともさらには空ともいえるでしょう。「空」、これが一番ぴったりした表現かもしれません。自己の心を空ずれば、そこに執われない心が現成します。』

2007年12月30日 (日)

12月29日 大そうじ図

Dscn1870 今年は八月の暑い最中、2週間ほどかけて家中をきれいにしたおかげで、暮れの大掃除は、お決まりの場所だけ夫と分担しながら、半日で終えることができました。

時間もできたので、近場の温泉に行き、温かいお湯にゆっくりと浸かりながら、「あらゆるものは、過ぎ去ればみんな美しい!」・・・誰の言葉だったかな?・・・そんなことを考え、この一年を思い起こしました。心身ともにリフレッシュできたひと時でした。

2007年12月29日 (土)

12月28日 カーネーション図

Dscn1869 一昨日買って帰った20本のカーネーションを壷に活け、その前に父母の写真を飾りました。今年の5月に亡くなった母は、私の長男を最後まで気遣ってくれていたので、昨日産まれた曾孫を本当に見たかったでしょう。

しかし、今年ほど命のつながりを実感した年はありません。延々とご先祖様を遡っていくと、気が遠くなるほどの命のリレーがあり、私がここに存在していること自体が奇跡なのでしょうね。ですから、父と母が一緒になってくれたことに感謝しながら、少しだけ父母のことを書きます。

若かりし頃、興津清見寺の蜜柑農家の娘であった母が、籠を背負って山から下りてくるところを、父が見初めたそうです。結婚後は二人で鉄工所を営み、戦時中は父が外地に行っている間、母は幼い姉をおんぶして一人で切り盛りし、父が戦地から帰ってくるまで工場を守り続けました。真面目で、働き者で、正直者で、そして明るい人でした。四人の子を育て、豊かになった後も、贅沢はせず慎ましく暮らしていましたが、生きたお金は大胆に使うような胆の据わった一面もありました。そんな母の精神が、確かに私の中に生きていると実感しますし、それを子供や孫へ伝えていきたいと思っています。・・・「無償の愛」の尊さを想う一年でした・・・

2007年12月28日 (金)

12月27日 天使が舞い降りた図

Dscn1868 今日の15時47分、長男夫婦に赤ちゃんが産まれました。3188gの元気な元気な男の子です。すぐに夫と病院へかけつけ、赤ちゃんと対面しました。初孫です!♪あなたに会えて 本当によかった 嬉しくて嬉しくて言葉にできない・・・♪まさに、言葉にできないほどの感激で胸が詰まりました。母子共に健康で、こんなに有難いことはありません。若い夫婦の誇らしげな表情が印象的でした。

今年は本当に様々な事がありましたが、一年をこんなステキなできごとで締めくくれることを神様に感謝します。

私も、結婚をして三人の子を育てながら絵を描き、ここまで無我夢中で過ごしてきましたが、その数十年が一期の夢のようです。新しい命の誕生で血を繋ぐことが叶い、夫も満足の様子でした。健やかに、素直に明るく育ってくれることを祈ります。(このブログの絵は、私が二十歳の頃、始めて描いたものを写しました。)

2007年12月27日 (木)

12月26日 菊と手毬図

Dscn1867 「Ombak」でカーネーションを買って帰ろうと思い、お店に寄ると、手毬のような丸い菊が目に入りました。家にある古い手毬と一緒に描こうと思いついて、一本だけ買いました。お店はお正月のお飾り作りで忙しそうでした。隣の「魚とし」も、お節料理の準備で忙しそう・・・奥の方では、和美さんがハチマキをして錦玉子をせっせと作っていました。(これは大評判の美味しさですから、皆さん一度食べてみましょう!)暮れも押しつまり、町の空気もあわただしく、みんなみんな忙しそうです。私はと言えば、今年は喪中のため、お飾りもお節の準備もありません。ちょっと淋しい気もします。

今日は手毬を描きましたが、描いているうちに良寛さまの和歌を思い出しました。

「手まり唄 ひふみよいむなここのとを とをと納めてまた始まるを」

母も私が子供の頃、これとよく似た数え歌を口ずさんでいたような・・・遠い記憶です。

2007年12月26日 (水)

12月25日 椿図

Dscn1859 数年前、ある本屋さんで・・・横山紘一著『十牛図・自己発見への旅』という本を何気なく手にとりました。読み進んでいるとやめられなくなり、とうとう買って帰り、その日は一日読み耽ってしまいました。

私自身、十牛図には以前から興味があったので、この本の内容にはいたく感動しました。読了後、触発されて私なりの「十牛図」を描いたりしましたので、大変影響を受けた本であり、今も時々手にとっています。(実は、このブログにも10日間をかけて描こうと計画していたのですが、残念ながら叶いませんでした。)

さて、「十牛図」とは、言わずと知れた禅修業のための手引書です。簡単にいうと、真の自己を追い求める禅者の心境の向上過程を、十の絵図によって象徴的に描いたものです。これはあまりにもテーマが大きすぎて、ここでは紹介し切れませんので、興味を覚えた方はぜひ調べてみてください。

禅の修業などとてもできないと思っていた私ですが、この著者は「自己とは何か、真理とは、人生とは何かと工夫しながら、米を洗ぎ、床を磨き、庭を掃く。この工夫三昧の日常生活を一年、二年と行じてゆきながら、“うん、これでいいのだ”という確信を自分のなかにますます強く育ててゆく。それが禅宗の修行です。」と、書いています。すなわち、修行といっても何か特異なことをするのではなく、日常の中に修行の場はあるのだと言っているのです。「そうか!日常生活の中でも修行ができるのか!」と励まされますが・・・その日常とは、“工夫のなかに行住坐臥し、工夫の中に喜怒哀楽す”でなければならないとも言っているのですね。この工夫が・・・中々難しいのです(笑)。

2007年12月25日 (火)

12月24日 クリスマスイヴの夕月図

Dscn1858 花ちゃんが自慢する西浦からの富士を見たくて、今日は思い立って行ってきました。花ちゃんのお宅は蜜柑農家なので、今が一番忙しい時期です。久しぶりに会いたい気持ちもありましたが、お仕事の邪魔をしては申し訳ないので、連絡をせず富士を眺めてきました。(花ちゃんごめんなさい!)

駿河湾を隔てて聳えるその姿は、それはそれは絶景で、空の青さ、海の青さ、その向こうに裾を広げた雪化粧の富士・・・まさに、“絵にもかけない美しさ”です。花ちゃんが自慢するはずです。こんな勇壮な富士を、朝な夕なに眺めて暮らしている花ちゃんは幸せですね。少しだけスケッチをさせてもらいました。

帰路、沼津の旧御用邸に立ち寄り、西付属邸を始めて見学しました。「なんと簡素な作りであろうか!」というのが、私の率直な感想であり、感動でもありました。表面が凸凹した手作りガラスの向こうには、昔に戻ったような不思議な風景がありました。

しばらく車を走らせて興津にさしかかった時、美しい月が伊豆半島の上に懸かっていました。急いで写生帳を取り出し、走る景色の中で描いたのが今日の心経の絵です。オレンジ色のまんまるい大きなお月様でした。

2007年12月24日 (月)

12月23日 鯉文鉢図

Dscn1852 今年も、余すところ残り1週間となりました。この一年を振り返ると、公私両面であまりにも様々な出来事があり、今までにない濃密な内容の一年であったように思います。それら一つ一つの出来事に対し、真正面から対峙し解決できたことに、今は充実感さえ覚えています。

考えてみますと、こうして心を失うことなくやってこられたのは、周りの人たちの支えのお陰で、今年ほど人の心の温かさを感じた年はありませんでした。夫や息子たち、友人・知人、そして私の絵のために動いてくださっている多くの方々、本当に有難うございました。来年も、この鉢の鯉のように、しっかりと目を見開き、元気に泳ぎ回りたいと思っています。

2007年12月23日 (日)

12月22日 アネモネ図

Dscn1849 「横山大観」という名はあまりにも有名で、日本の絵かきの代表的存在として子供の頃から知っていました。今でも、富士に朝日が描かれた暦が、家の壁に掛かっていた事など思い出します。絵かきを志してからもしばらくの間は、大観の絵にほとんど興味が湧かず、距離を感じていました。しかし、40代にさしかかった頃から、次第に大観の絵の凄さに魅かれるようになり、度々展覧会にも足を運ぶようになりました。そして今は・・・“大観の富士”は気品に溢れ超一流であると、至極当たり前のように思っているわけです。

昔、古本屋で見つけた『大観画談』を読み、宵越しのお金は持たない豪快な人柄であったことなど、その人物像に触れて、益々魅力を感じるようになりました。この本の中で、私が共感し感動した大観の言葉の一部を紹介します。

「筆を持って絵を習うことは、そう大騒ぎしなくてもよい。それよりも人物を作ることが大事で、それを土台にしないことには、いくらやっても駄目なこと。人間ができて、初めて絵ができる。」

「近頃は皆、本は読まないし、勉強もろくろくせず、みな写生ばかりして形を追い、自分で自分のものを創るという人は稀です。」

「自分の今日の作品と、明日のそれとは変わっていてよいのです。またその変化のない人は駄目です。ただ一つ、我は日本人であるという誇りを、どこまでも堅持してもらいたい。」

・・・と言うふうに、ここに書き上げていけばキリがありません。作品からはオーラが漂う、数少ない魂の芸術家です。

2007年12月22日 (土)

12月21日 覚え書き帳図

Dscn1846 アトリエの本棚の中から、何気なく一冊のノートを引き出しました。それは、表紙に「覚え書き」と書かれてある10年前の日記帳でした。しばらくの間読み耽っていましたら、12月5日の記述に目が留まり驚きました。なぜなら、今、現在の思いは10年前から全く変わりなく続いていたからです。

「このごろつくづく思うことだが、やっぱり最後はその人の人間性だと思う。極端な言い方をすれば、丸いレモンを四角く描いたとしても、“その人が描いたのだからとても良い”ということになるのではないか。構図にしても、墨色にしても、線にしても、色合いにしても、すべて、その人となりが表れる。どのような考えを持って生きているのか、どんな修行をしてきたのか、何に感動しているのか、それらがみんな作品に反映されてくる。だから、ごまかしは出来ないし恐ろしいのである。

仮に・・・作品も手を抜かずコツコツ仕上げ、器用で努力家で、よく勉強もしている一人の作家が居るとしよう。では、その作家に人に感動を与えられる作品が描けるかといえば、私は決してそうは思わない。ここが一番肝心なところだが、その作家が“真理に向かっているかどうか”が重要で、それによって本物かどうか、一流か二流かが決まるのではないかと思う。

では、いったい『真理』とは何か。多くの先哲がこの難問に取り組み、それぞれの考えを述べているが、万人が納得する確かな答えは無い。例えば絵描きにしても、皆がみな、自分なりの信ずるところに向かって制作しているのであるから・・・。私はと言えば、多分に抽象的ではあるが、人に問われれば、それを『光』だと表現する。物でも人間でも本物は必ず光りを放つからである。そして、自ら光ろうと思ってもそれは簡単なものではなく、「光りたい!光りたい!」と何万回唱えても、不可能なことでもある。では、どうすれば光るのか・・・それは“神のみぞ知る”という身もふたも無い答えになってしまうのである・・・。結局、信ずる道に向かって精進するしかないのである。・・・(後略)・・・」

制作していて、思ったことを走り書きしていた一生懸命の時代の、とりとめのない呟きです。ただこの10年の間に、一つだけ『真理』の切れ端を見つけました。それは『無欲』になるということです。

2007年12月21日 (金)

12月20日 手拭図 

Dscn1845 この手拭は三年前に作ったものです。私は以前から、貝原益軒の『養生訓』を愛読しており、感動した言葉の数々をよく作品にも書きました。

貝原益軒の著書は、「大和俗訓」「和俗童子訓」「楽訓」「家道訓」「養生訓」など沢山ありますが、人間が生活していく上での大切なことが、あらゆる面から書かれています。衣・食・住のありかた、人心、道心、身体、医学、哲学等々・・・全ての指南書です。これほど人が生きていく道理を、分かり易く丁寧に書いているものは他に無いでしょう。私はこの教えを今の学校教育に反映させられたならば、豊かな人間形成ができると確信しています。

例えば、『大和俗訓』の“天地と父母に仕えるは同じ”の節では、「およそ天は人のはじめである。父母は人の本である。人は天地をもって大父母とし、父母を持って小天地とする。天地・父母はその恩が同じである。だから天地に仕えて仁を行うことは、父母に仕えて考を行うようにすべきである。」とか、「人は万物の霊。万物のうちでは人ほど尊いものはない。人となって、こういう尊い身を得たことは、まことに天地の間に大きな幸いを得たのである。人として生まれた身をむだにすることは、くやしいことではないか。」とか・・・とにかくどこを開いても、共感しない言葉はありません。

いろいろと恐ろしい事件が頻発する現代ですが、もう一度日本人としての道徳的原点を見つめてみることが必要ではないでしょうか。そのためにも、貝原益軒の教えは格好のテキストだと思いますが、どうでしょう・・・。

2007年12月20日 (木)

12月19日 椿と招き猫図

Dscn1844 毛氈の上に、一輪の椿と招き猫を置いて描きました。花と置物の組み合わせは、昔からよく描いたモチーフです。

描くとき、じっと対象を見つめていると、逆に対象から見つめられている感覚に陥るときがあります。主観が客観となり、客観が主観となる・・・とでも言いましょうか、それは不思議な体験で、言葉では中々伝えることが出来ません。確かにそのときの私は時間の経過を忘れ、対象と一体になっていたように思います。これが“無心”ということかも知れません。自我意識を根底からなくすならば、“対象が私を見ている”という世界に入り行くことも可能なのでしょう。

こうした状態になれた時に、生きた絵が生まれるような気がします。

2007年12月19日 (水)

12月18日 蓮根図

Dscn1843 昨年の今頃も、蓮根を描いた記憶があります。今年も立派な蓮根が手に入ったので、食べる前に心経に納まってもらいました。

この時期は根菜類がとっても美味しいですね。体も温まるし、女性にとっては強い味方です。以前にも紹介した東城百合子著『自然療法』に、「蓮根をおろした絞り汁を盃一杯ずつ、一日数回咳のひどいとき飲むと薬効がある。風邪には蓮根汁に生姜のしぼり汁一・二滴に、くず粉を加え熱湯をさして飲む。蓮根の節を煎じて飲むと、せき・かぜによい。」とあります。この時期お役立ちの情報です。そんなことより、食べるときのさくさくとした歯ごたえがいいですね。穴があいていて“先が見通せる”ところから、縁起物でもあるそうです(知らなかった!)。

2007年12月18日 (火)

12月17日 ハイビスカス図

Dscn1842 このハイビスカスの入った盛花は、今朝、友人が届けてくれました。この花を見ると、どうしても母を思い出してしまいます。友人は「今年最後のハイビスカスで、少々色褪せているけれど・・・」といっていましたが、この寒さの中で一生懸命花をつけたことに感動します。

母が亡くなってから、一日も忘れずに心経を唱えてきましたが、今日もこうして母の好きだったハイビスカスを描くことが出来たので、きっと喜んでくれていることでしょう。母を失ってから今まで、中々立ち直れない私を多くの人たちが支えてくださいました。日を追うごとに心の波も静まってくると、母が私に何を伝えようとしたのかが、少しずつ分ってきたように思います。晩年、私の前で全てをさらけ出してくれた母の生き方の中に、私を成長させるためのメッセージが沢山あったことを、今、知らされています。

2007年12月17日 (月)

12月16日 辻堂の諏訪神社狛犬図

Dscn1841 年末恒例、アールアンでの個展のため、昨夜は辻堂のホテルに泊まりました。今朝は、大野さんご夫妻が迎えに来てくださる前に、近くにある神社に行ってきました。15年近くこの町を訪れていながら、その存在も知らず一度も参拝していませんでしたので、今日はお参りが叶い心が充たされました。しかも、「あ・うん」の狛犬の写生までできました。

大野ご夫妻とは、初めてアールアンで個展を開いたときからのお付き合いで、それ以来心の通うお友達として仲良くさせていただいています。アールアンの社長とは名コンビで(それもそのはず、誕生日が同じなのです!)、きっと先祖が結びついているに違いありません(笑)。

美味しい料理をいただきながら皆さんと楽しんでいると、「あ~、やっと今年も終わりだな!」という実感が沸き起こってきました。

12月15日 アネモネ図

Dscn1840 横浜高島屋は、今年4月のサイン会以来9ヶ月ぶりです。今回も、前回にまさる多くの方々に来場していただき、元気と感動を沢山いただきました。

サイン会を終え辻堂へ向かうと、駅ではアールアンファミリーが出迎えてくださり、久しぶりに皆さんと夕食をいただきながら、楽しいひと時を過ごせました。

12月14日 いろは歌図

Dscn1839 「いろは歌」は、弘法大師空海が、発音の異なる仮名の全てを用いて七五調の歌に詠んだと言われています。私も今まで深い意味を理解せぬまま、語調の美しさに魅かれて何度も平仮名で作品に書いてきました。漢字・仮名交じりで書けば、成る程、深い意味を感じ取ることができます。

公方俊良氏が、その著書『般若心経』の中で、このいろは歌を取り上げて解説しています。例えば、「色は匂へど散りぬるを・・・」であれば、“花は色美しくここちよい香りを漂わせながら咲き誇るけれども、やがて散っていく定めである。すなわち、諸行無常を譬えている”・・・というふうに大変分かりやすいのです。「浅き夢みじ酔ひもせず」とは、浅き夢(虚栄心)に惑わされない人生観を確立するということだそうです。虚栄心というのは自信の無さから生まれるものですから、まさに現代人の多くは浅き夢の中で生きているのでしょう。

ふだん何気なく書いていた「いろは歌」にも、こんなに深い意味があったのですね。

2007年12月14日 (金)

12月13日 聖護院の蕪図 

Dscn1837 今日の心経は、今までで一番文字が小さくなりました。以前、芽キャベツを描いたときも気合が入りましたが、そのとき以上に絵が大きくなり、文字を書くスペースが少なくなりました。なぜならば・・・今朝、もっちゃんが、娘さんから送られてきたという聖護院の蕪を届けてくれたからです。感動がそのまま大きさになりました(笑)。

今日の心経にはアネモネを描く予定でしたが、この土の付いた蕪を一目見たらグ~ンと元気が出てきたので、「さあ、今日は蕪に挑戦だ!」とばかりに、あっさり予定を変更しました。このように、いつも皆さんのお陰で勉強させてもらい、私はただただ感謝して描くのみです。それにしてもこの蕪は見事なもので、本物はもっと堂々としています。土の付いた野生的な雰囲気を表現しきれたでしょうか・・・。

15日から二日間、横浜高島屋と茅ヶ崎アールアンへ行ってきます。

2007年12月13日 (木)

12月12日 薔薇図

Dscn1835 今日描いた薔薇は、イメージとかけ離れてしまいました。こんな時もたまにありますが、この心経については書き直さないと決めているので、これも今の私だと諦めて載せました。

毎日花を見つめ、その姿を捉えようと格闘する生活をしていると、自然に“瞬間”ということを意識するようになりました。すると、いつのまにか私自身の中でも、「今を生きる」という概念が大きく占めるようになりました。先でもなければ後でもない、この今は今しかありません。ですから、いかに充実した「今」を積み重ねることが出来るかで、過去に対する悔いが無くなり、未来に希望を持てるのだと思います。だから・・・「先のことを思い煩うな。今この時を誠実に過ごしなさい。」と、毎日自分に言い聞かせています。・・・花に教えられたことです。

2007年12月12日 (水)

12月11日 薔薇図

Dscn1834 毎日描いているこの般若心経は、描き終えると必ず専用の額に入れて、一日だけ玄関に飾ります。それを2年半の間、日課として続けています。この「毎日の般若心経」が、本制作の絵と違うところは、あまり描きこまず、字体もかしこまらず、画題も身近なものを選び、生活の中に自然に在るものとして溶け込むことを理想としているところです。

何故、今日は改めてこんなことを書くかといえば、「日刊ココログガイド」に“おすすめのブログ”として掲示されたので、初めての訪問者が急に増えたからです。ちょっと慌ててしまいました(笑)。初めての方々、よろしかったらまたいらして下さい。

2007年12月11日 (火)

12月10日 薔薇図

Dscn1833 久しぶりの薔薇で、描いていて嬉しくなりました。

この斑入りのピンクの薔薇は、花屋ombakの入り口にバケツに入れて置かれており、店内に入ると「今、入荷したところですよ!」と、店主が教えてくれました。この可愛らしさはどうでしょう!“夢見る乙女”という感じですね。今日はこの薔薇5本とアネモネを買って、ウキウキと帰宅しました。さっそく花瓶に生けてアトリエに置き、しばらく眺めていましたが・・・癒されますね~(笑)。心底、花が好きです。まさに“花は天からの贈りもの”だと改めて思います。

花は私に描かれることをどう思っているのでしょう?きっと私の片思いでしょうが、今日も花と語りながら描けることに感謝しています。

2007年12月10日 (月)

12月9日 富士山図

Dscn1832 個展に向けての作品も何とか一段落し、やっと一息ついているところです。

今日は朝からお天気も良く、急に思い立って富士山の写生に出かけることにしました。「どこから見る富士が一番美しいか?」などという愚問はいたしませんが、それぞれに贔屓の場所があるようで、中々この話題は盛り上がります。私はといえば、「どこから見る富士も好きです」などと答えれば鼻白んでしまいますので・・・敢えて申し上げれば、“三国峠から見る富士”“伊豆半島金冠山から望む富士”“田貫湖の向こうに見る富士”がベスト3でしょうか・・・ウ~ム難しい!由比の浜石岳からの富士も捨てがたいし、三保半島からの富士を入れなければ地元の人に叱られそうだし・・・。以前、金冠山からの富士を作品にしましたが、ここは駿河湾越しに眺めるので、裾野の広がりが何とも雄大です。夕日の当たる時刻などは、息を呑むほどです。これと対照的なのが、今日描いた田貫湖からの眺めです。富士が大きく間近に見え、天気の良い日には湖に写る逆さ富士が素敵です。

富士山は誰もが大好きな山であり、古今東西多くの人が描いています。そうした意味から言えば難しいテーマではありますが、せっかく近くに住んでいる幸運を逃すわけにはいきません。“霊峰”と呼ばれる日本一の山を描けるよう高い精神性を身に付け、いつか青木乃里子の富士といわれるような作品を描きたいと夢見ています。

2007年12月 9日 (日)

12月8日 静岡新聞掲載夜間飛行図

Dscn1831 7日の静岡新聞夕刊の一面に、“今、空から 静岡夜間飛行”と題して、一枚の航空写真が掲載されていました。

午後5時過ぎの西の空は、上空から見ると、山の端に沈む夕日がこんなに綺麗なんですね。「鳥にでもならなければ、このような美しい光景は見られないな~」と感動して、今日はこの図となりました。

2007年12月 8日 (土)

12月7日 油壺図

Dscn1805 今日は32回目の結婚記念日です。結婚して30年間は、記念日などお互いに意識したこともなく過ごしてきましたが、何を思ったか、夫から昨年初めてプレゼントを貰いました。しかも薔薇の花束でしたので、嬉しいやら恥ずかしいやら・・・どんな反応をしていいか戸惑ってしまいました。今年は出勤の折に、「何もいりませんよ。」と小声で伝えると頷いていたので安心していましたが、帰宅すると、手にはバウムクーヘンの箱を提げていました。食後にいただいたこのお菓子の年輪の重なりが、いつになくしみじみとしたものに感じました。

何事も続けることで「いのち」が生まれてくるものですが、夫婦というものも様々な困難を乗り越えて、次第に良い形になって行くものなのでしょう。共に生活してゆく中で、お互いを認め合い、同じ方向を向いて努力をし、成長させてもらい、尊敬の心も膨らみ、段々と“同士”になってゆきます。結婚生活というものは、私にとって本当に学びの場でありました。これから先も、共に白髪の生えるまで・・・もう既に白髪だらけですが(笑)、仲良くやってゆこうと思っています。

2007年12月 7日 (金)

12月6日 三春人形図

Dscn1804 今日はとても冷たい朝になりました。アトリエに入ると、空気が冷たいせいか、いつもよりシーンと静かに感じました。

この三春人形は、数年前に旅先で夫が買ってきてくれたものです。それ以来ずっと人形ケースに入れたままでしたが、何故か今日は描いてみたくなり、取り出して久しぶりのご対面をしました。三春人形は若い頃から大好きで、古本屋で写真集を買ってながめたり、夫の実家がある倉敷の民芸館には何度も足を運んだりしました。素朴な張子人形ですが、可愛い表情と独特の動きは他に例を見ません。以前から福島県の三春町に行ってみたいと思いながら、未だに実現していません。

おかしなもので、この人形をケースから取り出して毛氈の上に置いてみると、冷たいアトリエの空気が動きだし、周りも暖かい色に変わったように思えました。描いていて心が弾みました。

2007年12月 6日 (木)

12月5日 人形水滴図

Dscn1801 この水滴は、今から20年ほど前に、入江町の骨董屋「清雅堂」で購入したものです。掌の中にすっぽりと入る可愛いもので、肩と頭の部分に穴が開いています。中国のものであろうと思いますが、時代は分かりません。二体ともきちんと正座して、片や扇を持ち、片や大きな桃を持っている姿は、何とも愛嬌があり、今まで何度も描かせてもらいました。

いかに物であっても、いつも大切に思い、大切に用いていると、次第に自分にとってかけがえのないものになってゆきます。小倉遊亀が「粗雑は心の病」と言いました。本来は制作するに当たっての姿勢を説いた言葉ですが、私はこの言葉を、「全ての人や物に対して雑に接してはいけない」と広くとらえています。つまり、日常生活が雑にならぬように・・・、丁寧に生きていけるように・・・と、戒めの言葉にしているのです。

2007年12月 5日 (水)

12月4日 竜爪山

Dscn1800 いつもは遠くに見える竜爪山も、昨日の雨で空気が澄み渡っているせいか、今日はとても間近に見えました。紅葉している様子もよく分かり、青空に映えた竜爪山が、いつになく存在感を表していました。

清水に生まれて、ずっと共に在る山ですが、まだ一度も登ったことがありません。その二コブの姿が「竜の爪のようだ」ということで付いた名前でしょうが、私が幼い頃、近所の子供たちは“ケツ山”と呼んで親しんでいました。子供らしいストレートな命名です(笑)。

近くの山なのに、何故今まで登らないかというと、「竜爪は怖い山だよ。登ると帰ってこられないよ!」と、幼い頃に大人たちから聞かされた記憶があり、その恐ろしいイメージが潜在意識として残っているからだろうと思います。勿論、大人になってから今まで、多くの友人たちが登り、帰らなかった人は一人もいませんが(笑)・・・何だかいまだに登ろうという気になれないんですね。

2007年12月 4日 (火)

12月3日 もみじ文鉢図

Dscn1799 今日は久しぶりにまとまった雨が降りました。大地も潤ったでしょうが、私自身もアトリエで静かに一日を過ごすことができ、心が大いに潤いました。

本当は、一日中アトリエに居たいのですが、主婦としての仕事があるので、中々思うようにはいきません。それでも今は二人だけの生活ですから、昔に比べれば贅沢に時間を使えます。子供たちがいた頃は、制作時間を少しでも多く確保するため、工夫しながら生活していました。懐かしい思い出です。

雨の降る寒い一日でしたが、明日はきっと綺麗に雪をかぶった富士山を望むことが出来るでしょう。楽しみです。

2007年12月 3日 (月)

12月2日 古布図

Dscn1798 昨日は、良寛様の「誠の道」の歌について書きましたが、誠の道といえば、諸橋轍次著の『誠は天の道』という本のことを書かねばなりません。なぜなら、私は5年前に静岡の書店で出会ったこの本に、運命的なものを感じているからです。生き方やものの考え方の基本を学ぶことが出来た、私にとっての“座右の書”なのです。

内容は5つの講話から成りますが、闇雲にページを開いてみても、どこも感動する言葉で溢れています。例えば、「人間は使命感に徹するほど尊いことはない。またその時ほど完全に自己を発揮することはありません。・・・もしわれわれが使命感をはずれて職業意識だけで働いたら、我われの生活や社会はどうなるのでしょう。・・・使命感に徹した時、職業に貴賎の別はなく、尊くなるのであります。」・・・こうした言葉が随所にあるのです。

諸橋轍次博士といえば、やはり『大漢和辞典』ですが、この常人には決して出来ない、気が遠くなるような壮大な作業は、まさに使命感がなければ不可能だったでしょう。この博士の業績で、どれほど多くの人が助かったことでしょう。私も大学生の頃、『大漢和辞典』13巻を手に入れるため、一生懸命アルバイトをして必死の思いで購入した思い出があります。その後、七夕豪雨の折に水に浸かり、半分ほどは表紙もだめになりましたが、今でも手元に大事に置いてあります。捨てることなど出来るはずもありません。

2007年12月 2日 (日)

12月1日 良寛の歌図

Dscn1797 この歌は、沢山ある良寛様の歌の中でも、とても好きな歌の一つです。

この歌と出会ったのは7年程前のこと・・・その時は、「良寛様が私の心境を詠んで下さっている!」と感動して、すぐさま色紙に書いてアトリエに掛けました。それから現在まで、一日に何度も目にし、口にし、この歌は私の体に溶け込んだような気がします。ですから、1年前の12月1日にこのブログを始めるに当たっても、自然にこの歌から始まったように思います。

良寛様でさえも、「誠の道」を求めて日々の生活を送っておられたと思えば、胸が熱くなります。私も日々の絵の制作を通して、寝てもさめてもひとえに「誠の道」を求め続けたいと思っています。

2007年12月 1日 (土)

11月30日 招き猫図

Dscn1796 このブログを始めて、今日で丸一年になります。あっという間の一年でした。

昨年の秋頃の事、「般若心経のブログでも作ろうかな~」と、家で漠然と話していたら、長男が或る日突然「ホイ!出来たよ。」といって、東京へ行く置き土産のように作ってしまいました。「じゃあ、やるっきゃないか!」と覚悟を決めて始めましたが、絵を描くのとは勝手が違い、人様に見せる文章など書いたことがないため、正直に言えば毎日冷や汗をかいていました(笑)。

やるからには、せめて1年間は続けなければ、子供たちにも笑われると決意してはじめましたが、その目標の1年が、今日とうとうやってきました。しかし、区切りをつけるため、平成19年の終わり、つまり今年の大晦日まで続けようと思います。

拙い文を読んでくださった皆さん、あと1ヶ月ですが宜しかったらお付き合いをお願いします。「般若心経」は、私のライフワークですから、今後も書き続けていきますし、来年は、皆さんに感動を与えられるような絵を沢山描けるよう、とにかく制作に力を入れていこうと思っています。でも・・・今日は何故招き猫を描いたんだろうな~(笑)。

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