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2007年9月30日 (日)

9月29日 木うそ図

Dscn1544 「木うそ」と言うのは、天神様をお守りする鳥です。天満宮造営の際、蜂の大群が押し寄せましたが、そこに鷽(うそ)の群れが飛来して蜂を退治したところから、天神様の使いとなり、今では幸福の守り神として信仰され親しまれているということです。私は初めて知りましたが、鷽というのは実在の鳥で、お店の方の話によれば、すずめに似た小鳥できれいな声で鳴くそうです。

1月7日には「うそかえ」とい神事があり、「かえまっしょい!」といいながら木うそを交換することによって、一年間の嘘を誠に取りかえて罪をほろぼす行事だそうです。面白いですね!嘘が誠に変わるなら、是非参加したい行事です。

左に描いた木うそは、木に止まっている形を表したもので、お土産屋さんで売っていました。右に描いた赤い紐のついた方は筒状になっており、おみくじが入っていたものです。「大吉」が出たので嬉しくなって持ち帰ろうと思ったら、巫女さんから「天神様とご縁があるように、梅の木の枝にしっかり結んで下さい」と言われ、願いを込めて結んできました。

2007年9月29日 (土)

9月28日 太宰府天満宮図

Dscn1543 この博多のサイン会で今回の旅も終わりです。ここまで来て「太宰府天満宮」にお参りしないわけにはいきません。朝早くの西鉄電車に乗り、太宰府に向かいました。

学問の神様「菅原道真公」は、天神様として私たちの中に今も生きています。33歳で文章博士になったくらいですから、その能力は皆が認めるものだったのでしょうね。華やかな朱色の社殿の前には「飛梅(とびうめ)伝説」の古木があります。道真の才能と出世を妬んだ人間の陰謀で、太宰府に左遷された主人のもとへ都から飛んできた梅です。

それにしても、ここには6千本の梅の木があるそうです。「春にはきっと見事だろうな~」と思いを馳せながら、茶店で美味しい“梅ケ枝餅”をいただきました。

2007年9月28日 (金)

9月27日 真っ赤な空図

Dscn1542 「鶴屋」のサイン会を終えて、熊本駅から17:30発つばめ54号に乗り博多へ向かいました。間もなく到着という時、夢中で読んでいた本から目を上げると、車窓には嘗て見たことのない光景が広がっていました。東西南北すべてが真っ赤に染まった空が現出したのです。ただの夕焼けではありません。例えていうなら、「黄泉の国もかくありなん」と思わせる情景!さらにいうなら、屋並みの向こうからギャオーと怪獣が現れても可笑しくない光景!とでも言いますか・・・。しかも刻々と色が変化します。生まれて初めて見た空です。

翌日、西日本新聞の朝刊に、次のような記事が写真入りで大きく載っていました。

『十六日夕、福岡市や周辺市町、佐賀市などでは空一面が黄色に染まり、次第にオレンジ、赤、ピンク色へと変化する不思議な現象が見られた。福岡管区気象台は「いわゆる夕焼けの一種だが、台風11号がもたらした光の屈折で、珍しい」としている。ー中略ーこのため、夕焼けが上空の雲に反射。夕陽が沈んでいくに従って空の色が徐々に変化したという。』

この空のことは「福岡三越」の会場でもお客様と話題になりました。乗っていた列車が、このまま違う世界に行くような、不思議な不思議な体験でした。

2007年9月27日 (木)

9月26日 熊本城図

Dscn1541 加藤清正が熊本城を築城したのが1607年ということですから、今年で築城400年で、様々なイベントが企画されているようです。でも、私の熊本滞在時間はたったの5時間でしたので、水前寺公園にも行けず、サイン会会場の「鶴屋」に程近い熊本城のみの見学となったわけです。

この城は「三大名城」の名に違わず、素晴らしい歴史的建造物でした。夫からの予備知識もあったため、より楽しく見学することができました。加藤家、細川家、そして西南戦争などの展示を見ながら天守閣の最上階まで登り、熊本の町を一望しましたが、落ち着いた城下町の風情を感じることができました。

そういえば、この熊本はアールアン社長の故郷でもありますね。今度逢ったら少しお話ができそうです。

2007年9月26日 (水)

9月25日 十五夜図

Dscn1540 今夜が十五夜だということも忘れて、朝から薔薇の絵の制作に没頭していると、昼過ぎに友人が「今日は十五夜さんだよ!」といって、栗やさつまいもなどの秋の味覚を届けてくれました。うっかり“お月見”をやり過ごすところでした。

日本では長い間、月の運行を基準とした旧暦(太陰太陽暦)を用いていたので、月を表現する言葉が沢山ありますね。例えば、満月の一日後の、ほんのちょっぴり欠けた月に十六夜(いざよい)と名付けて愛でている訳ですが、そんな国が他にもあるのでしょうかね~?それにしても、満ち欠けのそれぞれに美しさを見出した先祖の感性には感服いたします。

今宵は雲もなく見事な月でした。・・・ということで、九州旅行記の間に、今夜は「お月見」の図を入れることにしました。

2007年9月25日 (火)

9月24日 西郷さんの手拭図

Dscn1539 城山公園でのスケッチを終え、入り口の売店で記念の手拭を買うと、おかみさんが「桜島の蜜柑だよ!」と、おまけに下さいました。熊本へ向かう列車の中で、それをいただきながら、短い滞在だった鹿児島を思いおこしました。

鹿児島といえば西郷さんです。幕末の英雄、新政府樹立の立役者・・・誰もが知るところです。しかし、征韓論に敗れて下野した西郷さんは、はからずも政府と対立する事となり、西南戦争へと突入して行きます。そして・・・城山で最期を迎えることになります。

日本人はみんな西郷さんが好きです。特に悲劇の英雄は人々の心に残りますね。『敬天愛人』を実践した西郷さんは、本当にスケールの大きな人物だったのでしょう。

奇しくも今日9月24日は、西郷さんの命日です。今日の日本の礎を作って下さった西郷さん!アイガトゴワシタ!

2007年9月24日 (月)

9月23日 桜島図

Dscn1538 標高107メートルの城山公園から望む『桜島』は、本当に雄大でした。

公園内の茶屋の看板を読むと、島の祭神は「コノハナサクヤヒメ」とあります。コノハナサクヤヒメといえば、わが故郷の駿河に聳える「富士山」の祭神だとばかり思っていましたが、桜島の祭神でもあったわけです。共通項は・・・“火山”ですね。そこで神話をひもといてみると・・・「天孫降臨のニニギノミコトが薩摩のオオヤマツミの娘コノハナサクヤヒメを見初めて妻にしました。身ごもった妻は夫から有らぬ疑いをかけられたため、誓約をして出産の折に産屋に火をつけて業火の中で子を産みました・・・」という火中出産の説話から、火の神となったそうです。ン~、それにしても凄い話しですね!

桜島は“一日に彩りを七色に変える”といわれていますが、残念ながら曇り空で、しかも時間も限られていたので、その美しい変化を眼にすることができませんでした。いつの日かここに長く滞在し、思う存分描きたいと思いました。

2007年9月23日 (日)

9月22日 オオソリハシシギ図

Dscn1537 昨日の続きです。

博物館で、9月の動物として紹介されていたのが、この鳥「オオソリハシシギ」です。全長約40cmと大きな体のわりに足が短く、嘴が上に反っているのが特徴です。春と秋に宮崎県内を通過する旅鳥で、泥の中のカニやエビを餌としているので、河口や干潟などで見られるそうです。この県の知事さんに似ていませんか?(笑)

2007年9月22日 (土)

9月21日 水金梅図

Dscn1536 宮崎神宮に隣接された「県立宮崎総合博物館」を見学しました。館内の展示物はよく整えられており、宮崎県が誇る照葉樹のコーナーと、そこに生息する動植物のコーナー、さらに化石や昔の人々の暮らしなど、丁寧な展示で感心しながら楽しめました。

階段の途中に「今月の生きもの」と題するコーナーがあり、県内で見られる植物と動物を一種ずつ紹介してありました。その一つ、「水金梅」の写真をスケッチしたものを、今日は描きました。この花は、流れのゆるやかな小川に生える水生植物で、今では埋め立てや除草剤の影響で絶滅危惧種になっています。ここ宮崎でも自生地はごく限られているそうです。この可愛らしい黄色い花の実物を、是非見てみたいと強く思いました。

2007年9月21日 (金)

9月20日 古代船おきよ丸図

Dscn1535 神武天皇を御祭りしてある「宮崎神宮」には、西都原古墳から出土した舟形埴輪を復元した「おきよ丸」と名付けられた木造船があります。全長22メートル、幅2.2メートルと、中々立派な船です。とにかく日向は神話の地ですから、あちこちに神様にまつわる話しがあります。この「おきよ丸」にもちゃんと謂れがあります。

“神武天皇が日向を船出して、大和平定の途についた「神武東遷」の船出の港は美々津です。ここで出航の風待ちをしていたところ、天候が良くなったので急遽一日早めて八月一日の未明に船出となりました。急な船出に里人は慌て、「お船出だぞ!起きよ!起きよ!」の声が美々津の港に響きわたりました・・・”これが、「おきよ丸」の名の由来です。

それにしても、神武天皇を「神武さん」と親しげに呼ぶ地元の人は、やはり神々の国の人なのでしょう。

2007年9月20日 (木)

9月19日 眉月の図

Dscn1534 東の空には虹、少し走って・・・西の空には、かすかに残った夕やけの上に「眉月」がかかり、ロマンチックな空にうっとりです。このスケッチが列車から描いた最後の風景です。

宮崎駅に着くと、今までの空が嘘のように俄かに掻き曇り、アッという間に土砂降りの雨になりました。「そういえば台風が来てたんだ~」と、明日からのスケジュールに不安を覚えましたが、長旅の疲れからか、ホテルに着くとすぐに寝込んでしまいました。天孫が「筑紫の日向の高千穂のくじふる峰」に降臨された地ですから、神々の夢を見られる事を期待しながら・・・。

2007年9月19日 (水)

9月18日 日向灘の虹図

Dscn1533 列車がもうしばらくで宮崎駅に着こうとする頃、雨の止んだ日向灘の東の空に、見事な虹が架かりました。息をのむほどの美しさにしばし呆然とし、慌てて鉛筆を走らせましたが、その雄大さは写生帳に納めきれませんでした。宮崎の地は、私を虹で歓迎してくれましたので、「きっとこの旅は良いものになる!」と確信しました。

さて、“虹”といえばすぐに思い出すことがあります。三男が中学生の頃、家族で夢の話になりました。「どんな夢を見るの?」との私の問いかけに、「僕は、虹を渡る夢しか見ない」と答えたのです。この突拍子もない答えに、一同唖然としたものです。飄々としてつかみどころのない性格は現在も変わっていませんから、きっと、大人になった今も「虹を渡る夢」を見続けている事と思います。

2007年9月18日 (火)

9月17日 薔薇図

Dscn1532 この日目覚めたのは、博多天神にあるホテルです。サイン会は14時からなので、かねての計画どおり、西鉄電車に乗って「太宰府天満宮」に向かいました。ここは皆さんご存知の学問の神様「菅原道真」を祀ったところです。ここに参拝できたことを感謝しながら、参道のお店で“梅ケ枝餅”を一ついただき、幸福の守り神“木うそ”を一つ買って、この旅の締め括り「福岡三越」へ向かいました。

ここでも、スタッフの方々から温かく向かえていただき、大勢のお客様とお話ができました。なかでも、もうすぐ米寿というご老人から「あんたはすごいね。これからも頑張りなさい。」と励ましていただき、とても勇気が出ました。

ハードでしたが楽しい4日間でした。皆さんと『一期一会』の心で触れ合わせていただきました。多くの人との出会いが、これからの私の制作の糧になります。三会場でお世話いただいたスタッフの皆さん、そして指田さん、本当にありがとう。また合える日を楽しみに!

9月16日 薔薇図

Dscn1531 昨日は事情があり、鹿児島泊でした。ここまで来て、かの龍三郎も多く描いた「桜島」を見ない訳にはゆきません。熊本に向かう前の僅かな時間にタクシーを飛ばし、城山公園から望んだ桜島を、数枚スケッチしてきました。台風の影響で雲がかかっていましたが、勇壮な姿は十分魅力的でした。(また描きます。)

熊本に着いたのがおよそ12時。急いで「加藤神社」に参拝し、名城の誉れ高い「熊本城」の天守閣に登り、城下町のパノラマを眺めながら歴史に想いを馳せました。会場の「鶴屋」では、スタッフの方々からあつい歓迎を受け、お客様とのふれあいに感動し、「あ~、絵描きでよかった!」と、心から思える時間を持てました。

9月15日 ちんちろ柿図

Dscn1530 山形屋でのサイン会の前に、宮崎神宮を参拝しました。旅をしたときは、まずその土地の神様に挨拶をするのが私のならいですが、ましてやここは、天孫降臨の地ですからなおさらです。この神社についても、また書きます。

山形屋のスタッフの方々からこころよく迎えていただき、お客様とも楽しいお話ができ、宮崎弁の魅力に引きこまれて過ごした幸せなひとときでした。

9月14日 薔薇図

Dscn1529 今日から旅が始まりました。

この日は、朝9時14分の新幹線に乗り、宮崎に着いたのが18時38分でした。今までに経験の無い長い列車の旅でしたが、好きな本を読んだり、修学旅行のような気分で、心の中ではしゃぎながら風景を楽しんだりしていたら、あっという間の旅でした。

列車がもうすぐ宮崎に着こうかという時、日向灘の空に・・・。また心経に描きます。お楽しみに!

9月13日 薔薇図

Dscn1528 明日から4日間、九州でのサイン会に行ってきます。

小倉→宮崎→鹿児島→熊本→博多と、文字通り九州一周です。台風と追っかけっこしながら、汽車の旅を楽しんできます。勿論、仕事も頑張ります。

2007年9月13日 (木)

9月12日 薔薇図

Dscn1527 梅原龍三郎は、油絵具に岩絵具を混ぜて独特の世界を表現しました。

自分の世界を創造することは容易なことではありませんが、既成の方法をただただ踏襲するのではなく、やってみたい、試してみたいと思った事に挑戦してみて、初めて「発見」があるのではないでしょうか。

2007年9月12日 (水)

9月11日 薔薇図

Dscn1526 1990年に「薔薇の画集」を作りました。画集と言っても、表紙の薔薇を含めてたった7点の小さな画集です。アトリエの整理をしながら久しぶりに開いてみましたら、一点一点に次のような短い言葉が添えてありました。

☆墨と岩絵具を使って薔薇を描き続けています。薔薇が薔薇ではなくなるように・・・。

☆私にとっては毎日の制作が信仰です。華岳が、「制作は密室での祈り」と言ったように・・・。

☆失敗を恐れていたら、そこから一歩も進めません。妥協するのは進歩する力を止めてしまうことになります。描きすぎて、真っ黒になってもよいのではないでしょうか・・・。

☆画面の中でどう描くかは、多分に直感的であります。感動を大事にしたいのです。

☆そのものを、ただ描くのではなく、そのものが“ある”ことを描きたい。

☆自分をおどらせることは、本当に容易なことではありません。しかし、知らぬ間におどらされている経験を得たことがあります。

☆謙虚な心を持って、対象に向かいたいものです。常に、初心に帰ることが大事です。

これを読むと、この当時から同じ心持ちで描いてきたのだと、少々驚きました。これからも、・・・薔薇が私自身そのものになるように・・・と祈りながら描き続けたいと思います。

2007年9月11日 (火)

9月10日 赤薔薇図

Dscn1525 中川一政の著書『画にもかけない』の中に、次のような文があります。

「相撲は一つの手を覚えたってだめです。覚えられたらもう通用しない。敵の出方に応じて手が出なければだめだ。相撲取りには負けたという実感がある。画かきには負けたという実感がない。そういう実感があれば画かきも有望だ。」

絵は技術もありますが、感性が最も重要です。「感性」に勝ち負けはつけられませんが、制作するにあたり、「勝負」の実感を持ちたいものです。

2007年9月10日 (月)

9月9日 銀杏図

Dscn1524 佐野川温泉のお湯がとっても良いと聞き、浸かりに行ってきました。噂通りのお湯に満足し、時間も早かったので52号線を甲府に向けてドライブしていたら、身延町で『さかさ銀杏』の看板が目に入り、興味をひかれて降りたちました。『上沢寺』という日蓮宗のお寺の境内に、樹齢700余年、高さ23mの、天然記念物に指定された銀杏の古木がそびえていました。成る程『さかさ銀杏』の名前にたがわず枝が垂れ下がっています。今までこんな銀杏は見たことがありません。その謂れが、次のように書かれてありました。

「当山は日蓮上人が毒難にあわれた霊場で、身代わりとなった白犬の塚の上に立てられた銀杏の杖が不思議にも根を張り芽を出して、今日のような大樹と茂ったものである。この「いちょう」は、葉の上に実がつく珍しい霊木で「お葉付きいちょう」とも言われ、また、枝が下に下がっているところから「さかさいちょう」ともいわれて・・・(後略)・・・」スーパースターには必ず付きものの“不思議物語”がここにもありました。

この霊木の葉と実は、諸病に効く霊薬だそうなので、“軟膏”を一つ買ってきました。どれほどの効き目があるのか、今度すりむいたら試してみましょう。楽しみです(笑)!

2007年9月 9日 (日)

9月8日 薔薇図

Dscn1517 “魚とし”ご夫妻の友人金沢のみっちゃんが、今日我が家を訪ねてくださいました。想像どおりのとても誠実な印象の方でしたが、このブログで何度も会話をしているせいか、とても初めてお会いしたようには思えませんでした。和美さんと娘のメグちゃんも交え、とても楽しいひとときでした。

台風のせいで、楽しみにしていたイカ釣りが中止になったそうで残念でしたね。次回のお楽しみにしてください。

2007年9月 8日 (土)

9月7日 習字のお稽古図

Dscn1516 18年間続けた「習字教室」の夢を、私は未だに見てしまいます。もう止めて14~5年も経つというのに・・・“生徒が来ているのに、準備ができておらず慌てている夢”だったり、“ワイワイ子供たちが騒いでいる夢”だったり・・・そんな夢を見るのです。

“お習字の先生”という仕事に小さい頃から憧れていた私ですから、教室で子供たちと触れ合うのが楽しく、特に、粘ってねばって仕上げた時の喜びの顔を見るのが大好きでした。この「達成感」を味わうということが、子供の精神の成長にとって、とても大切なことであると考えます。そうしたことから、習字に限らず、子供の頃の習い事や稽古事には大きな意味があると思います。誰かに認めてもらうことや褒めてもらうことで心が充実します。たくさん達成感を味わった子供ほど、豊かな大人になれるのではないでしょうか。

私は今でも「花○」をもらいたいです(笑)。

2007年9月 7日 (金)

9月6日 薔薇図

Dscn1515 「絵や字が上手になる方法を教えて下さい。」と、わたくしごときにも尋ねる方がいらしゃいます。そんな方法があれば、教えていただきたいのは私の方ですが、それでは身も蓋もないので、そんな時は、「継続することです。それ以外の方法は知りません。」と答えています。これは御座なりな答えではなく、私のこれまでの画業を通じての信念でもあるのです。『継続は力なり』といいますが、真理です。

たしか中川一政の本だったと思いますが、「地面を掘って掘って、また掘って、諦めようと思ったその最後の一掻きで、泉が湧き上がってくる。多くの人は、残り一掻きの手前でやめてしまう。」というような文がありました。考えてみると、何かを会得しようと思ったら、時間がかかるのは当たり前のことで、魔法でも使わない限り簡単には手に入りません。私も30年以上掻掘りしていますが、いまだに泉は湧き上がってきません。

2007年9月 6日 (木)

9月5日 追分ちんちろ柿図

Dscn1514 この柿は、美代子さんの友人岩本さん宅のお庭になっている柿です。昔から「追分ちんちろ」と言われているそうですが、私は初めて聞きました。小さくて、丸っこくて、鈴のようだから「ちんちろ」といったのでしょうか?何とも可愛い名前です。町内で2本しかないうちの1本だそうで、柿の原種に近い物です。素朴な甘みのする柿です。

さて、話しは変わりますが、私が高校生の時から、作品の裏打ちをしてくれている「鈴木表具店」の鈴木さんが、長い間に集めてくださった私の作品10点ほどを、渋川の『静清信用金庫』に飾ってあります。さすがにベテランの表具師です。鈴木さんならではの感性で、仕事の合間に楽しみながら仕上げた表装は素晴らしく、それだけでも一見の価値があります。岩絵具を使い始めた頃の「こけし」の絵もあり、懐かしい思いで見てきました。

お暇なら見てください。期間は9月末までです。

2007年9月 5日 (水)

9月4日 赤薔薇図

Dscn1513 イチロー選手が、7年連続で200本安打を達成したとニュースで知りました。いとも簡単にやってのけているように見えますが、とんでもない偉業であるということは、“大リーグ史上三人目”という事実が証明しています。いくら野球に疎い私でも、その偉大さは理解できます。

イチロー選手を見る度に、自分を律する厳しさを感じます。すごくストイックで、スポーツ選手というよりも、“バットを持った剣豪”というイメージです。そして、その言葉の重みは、1冊の本になるほどですから、いかに多くの人に影響を与えているか、はかり知れません。

*「自分のしたことに人が評価をくだす、それは自由ですけれども、それによって、自分を惑わされたくないのです。」

*「自分の“形”ができていない状態では、いろいろなことを感じられません。」

*「成功とはとてもあいまいなものです。他人が思う成功を追いかける必要はありません。」

一つ一つ含蓄のある言葉です。野球という枠をはるかに超えており、人生哲学です。息子のような青年に教えられるばかりです。

2007年9月 4日 (火)

9月3日 赤薔薇図

Dscn1512 久しぶりの赤薔薇です。元気が出ます。

やっと朝晩は涼しくなってきました。「秋きぬと 目にはさやかに見えねども 風の音にぞおどろかれぬる」・・・なんて短歌が、つい口をついて出てくる季節になりました。昼間でも木陰を伝わってくる風は心地よく、読書などしているとウトウトとまどろんでしまいます。何気なく過ぎてゆく一日ですが、この一日が大切なのでしょうね。

2007年9月 3日 (月)

9月2日 私の硯石図 

Dscn1511 硯といえば、誰しも「端渓」という名を思い浮かべます。しかし、私の愛用の硯(30年以上使っています)は、「澄泥硯(ちょうでいけん)」といいます。端渓ほどポピュラーではありませんが、四大名硯の一つです。青墨の墨色がきれいに出るような気がして、大好きな硯です。

書画を志していると、次第に文房四宝にも気をつかうようになります。何の世界でも同じでしょうが、深く入り込んで行けば行くほど、だんだんと良いものを求めるようになります。そして、“良い物”とは“古い物”という図式ができあがり、骨董に価値を見出すことになります。古い物は再生不可能ですから、減ることはあっても増えることはありません。ですから、大切に大切に使って、次の世代に受け渡していかなくてはなりません。たとえ自分で購入した物であっても、「たまたま縁あって私の手元にあり、今は私が使わせてもらっている」というふうに考えれば、繋いでいくことができるのではないでしょうか。

2007年9月 2日 (日)

9月1日 かおるさんの籠図

Dscn1510 夕方、恭枝さんから「娘のかおるが籠をつくったので・・・」というお電話をいただき、その後、母娘お二人でわざわざ届けてくださったのがこの籠です。できたてホヤホヤの籠です。一目見て気に入ったのですが、色合いといい、大きさといい・・・あらためて手に提げて鏡に映してみると(自分で言うのもなんですが)中々似合います(笑)。

「大好きな色合いだな~」と感じたのも最もで、ブログに描いた「下駄図」の鼻緒の色に合わせて作ってくださったそうです。若草色のこの組み合わせは“粋”な感じでピッタリと合います。若いのに色んな才能を持った方です。私如きのことを気にかけていただき、本当に有難いことです。感謝!感謝!

2007年9月 1日 (土)

8月31日 花豆図

Dscn1509 紅花隠元は、花がとってもきれいなので「花豆」というそうで、元々は江戸時代に観賞用として入ってきたそうです。鑑賞だけなんてもったいない、とても美味しい豆ですね。

「この花豆の味付けをさせたら右に出る者はいない!」と思わせるほど上手なのが、アールアンの社長です。ここに描いたということは・・・そうです、花豆をお土産に持って我が家を訪ねてくれました。久しぶりに社長と絵の話ができ、心が満たされました。

集く虫の音に、もうそこまで秋が来ていることを感じます。社長の大好きなシャンソンが似合う季節です。

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